前記事で、国際取引紛争解決における仲裁と調停の違いや、その併用についての総論を書きました。
本記事では、シンガポールを例に具体的に見てみたいと思います。なぜシンガポールかと言うと、シンガポールは国際紛争解決の中心地となることを目指して、積極的に法制度や組織の整備を進めているためです。
利用実績も多く、日本企業が国際取引に際して仲裁機関を選ぶ場合、特に相手がアジアの企業である場合は、シンガポール国際仲裁センターが、(最)上位の選択肢になることが多いのではないかと思います。
シンガポールにおける仲裁と調停の併用の仕組み
仲裁センターと調停センターの協定書の概要
シンガポールでは、仲裁機関と調停機関が分かれており、
仲裁機関は、シンガポール国際仲裁センター(Singapore International Arbitration Centre)(SIAC)
調停機関は、シンガポール国際調停センター(Singapore International Mediation Centre)(SIMC)です。
両者は別組織ですが、協定(SIAC-SIMC Arb-Med-Arb議定書)が結ばれていて、利用者が併用しやすいようになっています。議定書によると、併用する場合には、大枠として以下の手順で進みます。
調停で合意した内容に沿って仲裁判断を出す理由
調停で和解が成立した場合、当事者間で単純に和解合意書にサインしてもよいのですが、上記⑤のように、合意内容に沿った仲裁判断を出せるようになっているのは、合意内容を仲裁判断の形にして貰うことにより、前記事に書いたニューヨーク条約に基づく強制執行ができるようになるからです。
和解が成立した場合、双方が納得して和解している訳ですから、和解内容が履行される(例えば、和解金としていくら支払うと約束したら、その通りに支払われる)ことが多いと言われていますが、いったん払うと約束しておきながら、その約束を反故にされる可能性もゼロではありません。
その場合、単純な和解合意書しかないと、それだけでは強制執行することができず、改めて裁判なり仲裁なりを起こさなければならなくなります。そのような事態を避けるために、上記⑤のように和解内容に沿って仲裁判断を出して貰うことが望ましいです。
シンガポール国際商事調停条約について
もっとも、今月(2020年9月)、「国際的な調停による和解合意に関する国連条約」が発効しました。シンガポールが旗振り役になったため、通称として「シンガポール国際商事調停条約」とも呼ばれます。
これは国際的な調停を経て和解合意に至った場合、(仲裁判断がなくても)和解合意書だけで強制執行できるようにしようという条約です。
日本は現時点で未加盟ですが、日本企業がこれを利用できる場合もあります(加盟国に相手の資産がある場合)ので、この条約についてはまた改めて書きたいと思います。
公表されているモデル条項
SIAC及びSIMCのサイトでは、契約書における定め方の例として、以下のモデル条項が掲載されています。
紛争を仲裁で解決することの合意(仲裁合意)
まずは紛争を仲裁で解決することに合意する文言です。少なくとも、ここまでは事前に合意しておく必要があります。
紛争が始まってから仲裁合意をすることも法律上は可能ですが、前記事で書いたとおり、紛争が始まってから仲裁合意をすることは実際は難しいことが多いです。
仲裁手続の途中で調停を誠実に試みることの合意
ここから先は、仲裁手続の途中で調停を試みることの合意です。仲裁の開始後に、SIMCにおける調停により紛争を解決できるよう「誠実に」試みること、また調停により和解が成立した場合には、SIACに戻って和解した内容に沿って仲裁判断を出して貰う、ということが書かれています。
調停を利用することについて、必ずしも契約書に定めておく必要はなく、その時点で合意することもできますが、紛争を話し合いで解決できるよう「誠実に」試みる、ということを契約書で定めておくことにも意味があるように思います。
また、上記のようにどこの調停機関を使うかということまで具体的に書いておくのが望ましいと思います。