ICCの国際仲裁(迅速仲裁)への出頭

大変長く間が空いてしまいました。仕事が忙しかったり、家庭が忙しかったりというのは言い訳なのですが(^_^;)、忙しかった原因の一つである、アメリカで行われたICCの国際仲裁(迅速仲裁)への出頭について書きたいと思います。

仲裁とは

仲裁とは、以前の記事「仲裁と調停の違いと、その併用について(総論)」でも書きましたが、紛争の当事者の合意により、どこかの国の裁判所ではなく、当事者が選んだ仲裁人に判断を委ね、その判断に従う、という制度です。

支払いを命じられた(負けた)当事者が仲裁人の判断に従わない場合には、勝った当事者は負けた当事者の財産に対して、ニューヨーク条約(外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約)に基づいて強制執行(差押など)を行うことができます。

国を超えて強制執行ができるのが仲裁の大きなメリットです。その他のメリットやコストについては以前の記事をご参照頂ければと思いますが、特に中小規模の企業に取ってコストがかかることは無視できない問題であると思います。

迅速仲裁(簡易仲裁)とは

私が少し前に集中して取り組んでいたのは、迅速仲裁(簡易仲裁)といわれるものです。英語ではExpedited Procedureと呼ばれますが、各仲裁機関が定めた一定金額以下の規模の紛争を、通常の仲裁に比べて軽めの手続で迅速に解決しようという枠組みで、それに伴いコストも軽減されることが期待されています。

代表的な仲裁機関における枠組みは以下のようになっています。

ICC(国際商業会議所 国際仲裁裁判所)の場合

仲裁合意(仲裁条項を含む契約の締結)がなされた日がいつであるかによって違いますが、紛争の金額が2,000,000米ドルあるいは3,000,000米ドル以下である場合には、原則として迅速仲裁の対象となります(仲裁規則30条 附則VIの第1条)。

仲裁合意が2017年3月1日から2020年12月31日
までの間になされた場合
2,000,000米ドル以下の紛争
仲裁合意が2021年1月1日以降になされた場合3,000,000米ドル以下の紛争

2017年3月1日よりも前のものについては、ICCの規則で迅速仲裁が導入されたよりも前の合意であるために上記の対象外となっていますが、上記の対象外のものであっても、当事者の合意により迅速仲裁とすることは可能です(仲裁規則30条 2)b))。

反対に、上記の基準の範囲内のものであっても、当事者の合意で迅速仲裁の適用を排除することは可能ですし(仲裁規則30条 3)b))、状況に応じて(当事者の申立ても考慮した上で)ICCの判断で適用が排除されることもあります(仲裁規則30条 3)c))。

迅速仲裁とされた場合、仲裁廷は原則としてCase Management Conference(注1)の日から6ヶ月以内に判断を下すこととされています(仲裁規則 附則VIの第4条)。また仲裁廷は、当事者の意見を聞いた上で、Document Production(注2)はしないこととすることや、提出する書類の数や長さ、範囲などを制限することができます(仲裁規則 附則VIの第3条4項)。さらに、当事者の意見を聞いた上で、口頭弁論や尋問などを行わずに書面審理だけで判断することとすることができます(仲裁規則 附則VIの第3条5項)。

このようにどこまでの手続を行うかは最終的には仲裁廷の判断とされている部分も多いですが、そもそも仲裁は当事者の合意を基礎としているものであるため、当事者の意見(とりわけ双方当事者の意見が一致した場合)は尊重されることが多いのではと思います。

(注1)Case Management Conferenceとは、初期の段階で、仲裁人と双方の代理人が(Webの場合も含め)集まって手続などについて協議するものです。そこで、今後の書面の提出期限や枚数制限などの手続的なルールが決められます。

(注2)Document Productionとは、一方当事者が所持する証拠を相手方に渡させる制度です。相手方はその証拠を受け取った上で仲裁廷に提出するかどうかを決めます。一般的に国際仲裁では、国際法曹協会が定めるルール(IBA Rules on the Taking of Evidence in International Arbitration)に従ってDocument Productionを行うことが多いです。アメリカの裁判での広範囲なディスカバリーに比べると抑制的ですが、日本の裁判に比べると相手方の手持ち証拠がかなり手に入ることとなります。

JCAA(日本商事仲裁協会)の場合

JCAAの迅速仲裁も基本的な考え方はICCと同じで、紛争の金額が小さい場合には手続が重たくなりすぎないようにして迅速に判断するというものです。原則的な金額基準が設定されていること(3億円)、当事者の合意によるオプトインやオプトアウトが認められていることはICCと同じですが、JCAAの特徴として、金額により二段階に分かれていて、判断までの長さが違っていることが挙げられます。

5,000万円以下の場合原則として3ヶ月以内に判断
3億円以下の場合原則として6ヶ月以内に判断

3ヶ月以内、6ヶ月以内、というのは、JCAAの規則では「仲裁廷は、その成立の日から3ヶ月以内(6ヶ月以内)に仲裁判断をするよう努めなければならない」(規則88条)というように努力義務の形で書かれており、やむを得ない事情がある場合には延長が認められるとされています(規則89条)。

従って、必ずこの期間内に判断がなされるというものではないですが、JCAAのウェブサイトによると、2019年〜2023年に申し立てられた紛争金額5,000万円以下の事件で、仲裁判断で終了した8件のうち、5件が仲裁廷の成立から3ヶ月以内に終結しており、残りの3件もかなり短い期間内に終結しているとのことです。

3ヶ月(+α)というのは目を見張る速さです。上記のJCAAのウェブサイトでも裁判との比較が書かれていますが、5,000万円の裁判で3ヶ月で終わるということはまずないように思います。

個人的には、企業規模や取引規模が小さければ小さいほど、国際取引の開始時に、何はともあれ、紛争が発生した場合にはJCAAの仲裁で解決するという趣旨の合意だけはしておくのが望ましいことが多いように思います。諸々の事情で本格的な英文契約書を作るまでは…という場合もあるかもしれませんが、そのような場合、1枚程度の簡単な合意書に契約のポイントと仲裁合意だけを盛り込んで作らせていただくこともあります。(その上で、実際に紛争が発生した場合はまずは交渉での解決を試みることが多いです。こうした交渉の代理や同席については別の記事で書きたいと思います。)

SIAC(シンガポール国際仲裁センター)の場合

SIACは迅速仲裁に積極的で、導入した時期も早く、2024年4月時点における金額基準は6,000,000シンガポールドルです。原則として6ヶ月以内に判断が下されることとなっています。

なおSIACが公表している仲裁規則の日本語版では「簡易手続」という言葉が用いられており(第5条)、「簡易仲裁」という言い方をすることもあります。本記事ではJCAAの用語に合わせて「迅速仲裁」で統一していますが、「簡易手続」「簡易仲裁」も「迅速仲裁」も概念としては同じものと思って頂いてよいと思います。

SIACでは現在、迅速仲裁の対象の拡大を含んだ規則の改正が検討されているようです。昨年の夏から秋にかけて改正案についてのパブリックコメントが募集されましたが、その時の改正案によると、迅速仲裁の基準が10,000,000シンガポールドルに拡大されるとともに(改正案 14.1項)、1,000,000シンガポールドル以下の紛争についてはより簡易なStreamlined Procedureと呼ばれる手続が提案されています(改正案 13.1項)。Streamlined Procedureにおいては、仲裁廷の組成から原則として3ヶ月以内に判断が出されることとされています(改正案 Schedule 2 13項)。

迅速な解決の仕組みを更に二段階に分けるという方法はJCAAも採用しているもので、二段階に分かれていると利用者にとって使いやすいだろうと思います。ただ迅速な手続の適用対象が広ければ広いほどよいということでもないと思いますので、個人的にはSIACの改正案よりもJCAAが設定している5,000万円 / 3億円というのが日本企業の実情やニーズをよく検討された合理的なラインのように感じます。(その上で、もちろん当事者の合意によるオプトイン、オプトアウトが積極的に利用されるとよいと思います。)

ICCの迅速仲裁に出頭した所感

私が少し前に出頭したICCの迅速仲裁では、迅速仲裁という枠組みの中で、Document Productionや尋問、口頭弁論などを行い、相当程度本格的な審理を行いました。

上記のとおりICCの規則では、仲裁廷は、当事者の意見を聞いた上でDocument Productionや尋問、口頭弁論などを行わないこととすることができるとされていますが、当事者双方がこれらを行うことを希望したことが大きかったと思いますし、仲裁人のバックグランドも影響したかと思います。

私は複数のアメリカ人弁護士とチームを組んで担当して現地での尋問や口頭弁論にも出頭したのですが、6ヶ月という決められた期間内で多くのことを集中的に行う必要があり、翻訳の負担も相まって、かなり専念して取り組むことが求められました。

最終的に提出する証拠の翻訳は翻訳会社に外注するにしても、日本語の手持ち証拠をチームのアメリカ人弁護士に理解して貰う作業、英語で提出する主張書面や陳述書を依頼者と確認する作業などチーム内で即時に対応する必要があるものもあり、時間的プレッシャーは、仲裁言語が母国語でない側の方が大きくなります。迅速仲裁にオプトインするかどうか、金額基準内であっても適用の排除を申し立てるかどうかなどを決める際には、こうした言語面でのハンデやチームの対応能力も考慮する必要があると思います。(私の場合は自分が専念して対応すると覚悟を決めました)

やはり期間が短い分、通常の仲裁とした場合に比べるとコストが多少節減できたと思いますし、迅速仲裁は国際取引を行う中小企業にとって重要な紛争解決の方法になってくるだろうと思います。

これから国際取引を行うことを検討されている企業様、国際的なトラブルを抱えていらっしゃる企業様は、メール又はお問い合わせフォームからお問い合わせ頂ければと思います。