はじめに
以前の記事で、国際売買取引を始める際に押さえておくべき4つのポイントのうちの一つとして、「支払条件について(回収コストの問題)」を挙げました。
国際売買取引においては、万一支払いが滞った場合の回収がとても大変です。
そのため、取引開始時に、支払条件を前払いにするか後払いにするかをめぐって、シビアな交渉がなされます。売主の希望は当然前払いですし、買主の希望は当然後払いです。
譲歩策として、50%ずつ(50%を前払いし、残りの50%を後払いとする)に落ち着くこともあれば、L/Cを利用するということになることもあります。
ただ、L/Cに関しては、開設に時間がかかる、コストがかかるなどの理由で、単価が高い機械などは別として、繰り返し出荷するような商品では、できれば避けたいと思われることも多いようです。最初だけL/Cを利用して、信頼関係ができてきたら銀行送金に切り替えるということもあります。
しかし、銀行送金でずっとうまく行っていたのに、何らかの理由で支払いを止められることもあり、いったん支払いを止められると、回収するのにとても費用がかかります。
うまく回収できた例もあれば、費用倒れを懸念して回収を断念した例もありますので、海外への売掛金を回収する方法と費用について、経験を交えて書きたいと思います。
海外への売掛金を回収する方法
法的手続の流れ
海外への売掛金を回収する方法としては、以下のような流れになります。(相手が倒産の危機などにはない場合を想定しています。)
- 必要に応じて仮差押などの保全措置を検討する
- 可能であれば直接交渉
- 裁判または仲裁の申立て
- 場合により途中で調停を試みる(和解が成立すれば終了)
- 裁判所の判決または仲裁人の判断
- 必要に応じて強制執行
基本的な流れとしては、日本国内における回収の場合と変わりありませんが、以下のような違いが挙げられます。
日本国内での手続との違い
弁護士同士の示談交渉の使われ方
日本国内の場合、弁護士同士の直接交渉がよく行われており、裁判まで行かずに話が付く(和解できる)場合が相当程度あります。法人のお客様向けのサービス案内のページにも書かせて頂いておりますが、弁護士同士であれば、お互いの主張の強い点、弱い点についての見通しが一致することが多く、その見通しに沿った内容で妥結できる場合が多いためです。
また、日本の弁護士同士では、書面だけでなく、電話での協議も併用しますので、時間とコストの節約になります。
外国において、弁護士同士の直接交渉がどの程度行われ、どの程度実効性を有するかは、その国によるようです。他国の弁護士に話を聞くと、「弁護士同士の直接交渉の場合では和解率は低いが、調停人が入ると高くなる」という話を聞くこともあります。
裁判に代えて仲裁の利用
裁判になるか仲裁になるかは、仲裁合意の有無によります。仲裁合意があれば(契約書に仲裁条項を入れるのが通常ですが、紛争発生後に仲裁合意することも理論上は可能です)、それに従って、仲裁人の判断を仰ぎます。
仲裁合意がなければ裁判を提起することになります。日本の裁判所の判決では、外国において強制執行することができないか、あるいは難しい(できる可能性があっても確実にできることの予測が難しい)ので、相手国の裁判所を使わざるを得ないことが多いです。
参考記事
国際取引:裁判管轄条項か仲裁条項か(日本の裁判所ではなぜ問題か)
調停(Mediation)の活用
裁判または仲裁の途中で、調停(Mediation)を試みることがよく行われます。裁判所から、裁判の途中で、調停をしてくるように指示されることもあります。
調停は、一般的に、短期集中で行われ、調停による和解の成立率は高いと言われています。
回収のためのコスト
回収するためのコストの大部分は現地の弁護士費用と、仲裁の場合の仲裁人や仲裁機関に支払う費用です。
調停を利用する場合も調停人の費用がかかりますが、調停は1日や2日で終わることが多く、仲裁に比べると負担が軽いです。
現地の弁護士費用は、タイムチャージ(時間制)でレートが高いことが多いです。また弁護士同士の示談交渉が日本ほど実効性やスピードを有しない国もあり、手続が重くなりがちで、そのために請求時間も多くなりがちです。
そのため、理としてはこちらの分があるはずなのに、費用倒れを懸念して回収を断念しなければならないということも起こります。
私が近年関与させて頂いた案件でも、手続の初期の段階で現地の弁護士費用が高くなってきて、それ以降のプロセスの長さを考えると、回収を断念して損切りを図らざるを得ないという案件がありました。
ご相談にみえた時点ですでに現地の弁護士費用がかなり累積した状態だったのですが、仲裁合意などが何もなく、現地の裁判所を使わざるを得ない事案でした。
回収できた事案
一方で、売掛金を無事に全額回収できた事案もあります。
その案件では、売掛先は中国法人でしたが、契約書に、国際商業会議所(ICC)の規則に従って香港で仲裁を行うという仲裁条項が入っていました。
現地の弁護士に依頼して、仲裁を申し立てました。相手からは払わなくてよい理由を色々と主張されましたが、迅速に仲裁判断が出て、仲裁判断に沿った支払いを受けることができました。
費用倒れにならずに回収できた理由として、債権額が大きかったこともありますが、仲裁条項があったことにより、中国本土の裁判所で裁判を起こさなくて済んだことが大きかったと感じます。
今であれば仲裁や調停に日本からオンラインで参加することも可能ですし、仲裁手続の初期の段階で調停を利用する(ことにより早期和解を図る)ことも多くなってきました。
案件にもよりますが、やはり契約書に、仲裁条項や、仲裁の途中で誠実に調停を試みることの合意を入れておくのがよい場合が多いのではないかと思います。