はじめに
2021年コーポレートガバナンス・コードの改訂についてのパブリックコメントが5月上旬に終了し、正式版の公表が待たれていましたが、6月11日に、正式な改訂版が公表されました。
2021年コーポレートガバナンス・コードの改訂のうち、以前の記事で「多様性の確保とスキルマトリクスの活用」について書きましたが、今回は、2022年4月に開設予定のプライム市場で求められる「高い水準のガバナンス」について書きたいと思います。
2022年4月の新市場区分
2022年4月から、東京証券取引所が新しい市場区分に移行します。具体的には、現在、第一部、第二部、JASDAQ、マザーズという区分であるものが、プライム市場、スタンダード市場、グロース市場の3つの市場に再編されることになります。
それぞれの市場のコンセプトは、
プライム市場:グローバルな投資家との建設的な対話を中心に据えた企業向けの市場
スタンダード市場:公開された市場における投資対象として十分な流動性とガバナンス水準を備えた企業向けの市場
グロース市場:高い成長可能性を有する企業向けの市場
とされています。
(https://www.jpx.co.jp/equities/improvements/market-structure/index.html)
このコンセプトに基づき、プライム市場においては、より高いガバナンス水準を備えることが求められています。今回改訂されたコーポレートガバナンス・コードにおいても、プライム市場にのみ求められる事項が明記されました。
その項目について一つずつ見ていきたいと思います。
(なお、コーポレートガバナンス・コードは、「コンプライ・オア・エクスプレイン」の原則を採用しており、遵守するか、または遵守しない場合にはその理由を説明することが求められています。以下、その前提で読んで頂ければと思います。)
プライム市場で求められる高い水準のガバナンス
機関投資家向け議決権電子プラットフォームの使用
赤色部分が、今回の改正で加わった部分です。
議決権電子プラットフォームとは、株主総会に関わる国内外の関係者をシステム・ネットワークで結びつけることにより、機関投資家による議決権の行使を容易にするためのインフラストラクチャーです。
東京証券取引所も出資する株式会社ICJが運営しており、東京証券取引所は上場会社にプラットフォームへの参加を推奨しています。
(https://www.jpx.co.jp/equities/improvements/voting-platform/index.html)
従前のコーポレートガバナンス・コードでは、議決権行使プラットフォームは一例として示されていましたが(上記の黒字部分)、2021年版ではプライム市場に関しては議決権行使プラットフォームを利用可能とすべきということが加えられました(上記の赤字部分)。
なお、現時点において、機関投資家向けの議決権行使プラットフォームを利用する会社の割合は、東証一部の会社において、62.5%とされています。
(東京証券取引所「2021年3月期決算会社の定時株主総会の動向について」5ページ)。
今回の改訂は、グローバルな投資家との対話を重視するというプライム市場のコンセプトに沿ったものであり、今後よりいっそう利用が進むものと思われます。
開示書類のうち必要とされる情報の英文開示・提供
赤色部分が、今回の改正で加わった部分です。
プライム市場上場会社について、開示書類のうち必要とされる情報について、英語での開示・提供を行うことが求められます。
「必要とされる情報」が具体的に何かという特定はされませんでしたが、株主総会の招集通知については、従前から上記の補充原則1-2 ④でも英訳を進めるべきとされており、英訳が求められる書類に含まれるだろうと思います。
なお、現時点において、東証一部上場会社において英訳を作成している割合は以下のとおりとされています。
招集通知本文と株主総会参考書類のみ作成 65.7%
事業報告及び計算書類を含む全ての書類について作成 17.6%
(東京証券取引所「2021年3月期決算会社の定時株主総会の動向について」の6頁)
気候変動に関する情報開示の質と量の充実
この補充原則全体が今回の改正で追加されました。
前半部分は市場区分を問わずに適用されますが、後半部分で、プライム市場上場会社に対して、気候変動に関する情報開示の質と量の充実が求められています。
開示の枠組みについては、TCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures)が2017年に最終報告書を公表し、企業等に対し、気候変動関連リスク、及び機会に関する下記の項目について開示することを推奨しています。
- ガバナンス(Governance):どのような体制で検討し、それを企業経営に反映しているか。
- 戦略(Strategy):短期・中期・長期にわたり、企業経営にどのように影響を与えるか。またそれについてどう考えたか。
- リスク管理(Risk Management):気候変動のリスクについて、どのように特定、評価し、またそれを低減しようとしているか。
- 指標と目標(Metrics and Targets):リスクと機会の評価について、どのような指標を用いて判断し、目標への進捗度を評価しているか。
(https://tcfd-consortium.jp/about)
また、金融庁が、有価証券報告書の記述情報の開示の好事例を公表しており、「気候」に関する好事例も含まれていますので、参考になると思われます。
https://www.fsa.go.jp/news/r2/singi/20201106/02_2.pdf
独立社外取締役は少なくとも3分の1、必要と考える会社は過半数
赤色部分が今回改訂された部分ですが、求められる独立社外取締役の割合が、プライム市場とその他の市場とで区別されました。
原則 | 必要と考える場合 | |
プライム市場 | 3分の1 | 過半数 |
その他の市場 | 2名 | 3分の1 |
「必要と考える場合」というのは、具体的には、「業種・規模・事業特性・機関設計・会社を取り巻く環境等を総合的に勘案して…必要と考える場合」ということになっていますが、まず想定されるのは指名委員会等設置会社かと思います。
指名委員会等設置会社は、株式会社の機関設計の一つで、法定の「指名委員会」「報酬委員会」「監査委員会」が置かれ、各委員会の構成員の過半数が社外取締役であることが求められています。取締役会も過半数を社外取締役とすることが望ましいと言え、実際の統計を見ても多くの独立社外取締役が選任されています。(コーポレート・ガバナンス白書2021の94頁)
*なお、支配株主がいる場合については、下記でカバーされていますので、下記でまたまとめて表を載せます。
支配株主を有する場合は独立社外取締役を過半数または特別委員会の設置
この補充原則全体が今回の改訂で追加されました。
支配株主がいる場合には、通常の場合よりも多くの独立社外取締役が求められますが、プライム市場とそれ以外の市場で基準が異なります。
先ほどの表に、支配株主がある場合を追加すると、以下のようになります。
原則 | 必要と考える場合 | 支配株主がある場合 | |
プライム市場 | 3分の1 | 過半数 | 過半数 |
その他の市場 | 2名 | 3分の1 | 3分の1 |
支配株主がいる場合に、通常の場合と比べて独立社外取締役の比率が多く求められている趣旨は、ある上場会社(X社)に支配株主(A社)がいる場合、例えばX社とA社の取引においてA社に有利な条件を飲まされるなどして、A社以外のX社の株主の利益が損なわれる恐れがあるためです。
このような事態を防ぐために、支配株主がいる場合、X社の取締役会は、少なくとも過半数(プライム市場の場合)の独立社外取締役で構成されることが求められます。
もっとも、「または」と繋がれているとおり、独立社外取締役を過半数とする代わりに、X社とA 社の利益が相反する重要な取引・行為について審議・検討を行う特別委員会を設置するという方策を取ることも許容される形になっています。
指名・報酬委員会構成員の過半数を独立社外取締役
赤色部分が今回改訂された部分で、市場区分を問わず、独立社外取締役を主要な構成員とする指名委員会・報酬委員会を設置すること、指名や報酬の検討の中でジェンダー等の多様性やスキルの観点も検討することが求められます。
今回のコーポレートガバナンス・コードの改訂が多様性やスキルの確保を重要視していることについては、以前の記事でも書きました。
加えて、プライム市場においては、指名委員会・報酬委員会の構成員の過半数を独立社外取締役とすることを基本とし、その委員会構成の独立性に関する考え方・権限・役割等を開示することが求められています。
対応時期
2021年版のコーポレートガバナンスコードに沿ったコーポレートガバナンス報告書は、準備ができ次第速やかに、遅くとも2021年12月までに提出することが求められています。
(「フォローアップ会議の提言を踏まえたコーポレートガバナンス・コードの一部改定に係る上場制度の見直しについて」)
プライム市場上場会社のみに適用される事項については、2022年4月に新市場区分に移行した後の株主総会終結時(例:3月決算の会社の場合は2022年6月の株主総会終結時)までに対応して報告書を提出するように求められることになると思われます。
(「コーポレートガバナンス・コードと投資家と企業の対話ガイドラインの改訂について」7頁)