はじめに
コーポレートガバナンス・コードの改訂案が公表され、4月7日から5月7日まで、パブリック・コメントに付されています。
改訂案は、金融庁と東京証券取引所が設置した「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」で審議されてきました。
私も、審議の動向について、議事録を読んだり勉強会で情報を得たりしてきましたが、最後の第26回会議(3月31日開催)だけは、オンラインでLIVE視聴しました。LIVE視聴したことにより、フォローアップ会議メンバーの皆さまの思いに直に触れることができてよかったと思います。
今回の改訂における変更点は多岐にわたりますが、本記事では特に、取締役会などにおける多様性(ダイバーシティ)の確保と、取締役のスキルマトリクスの活用について書きたいと思います。
多様性(ダイバーシティ)の確保に関する規定の改訂の経緯
取締役会などにおける多様性の確保については、2015年にコーポレートガバナンス・コードが最初に制定された時から謳われていました。
2018年のコーポレートガバナンス・コード改訂時には、多様性の具体例として「ジェンダーや国際性」ということが明示されました。
現在パブリックコメントに付されている2021年版では、下記のとおり、「職歴、年齢」という例示が加わっています。
また、多様性は取締役会においてだけ求められるものではなく、社内全体や管理職層においても確保されるべきものであるとの観点から、原則2−4に関して、今回、補充原則2−4①が加えられました。
多様性の例として挙げられているもの
上記のとおり、2021年版では、多様性の例として、ジェンダー、国際性、職歴、年齢が挙げられています。半ば雑感みたいになってしまいますが、それぞれについて思うところを書いてみたいと思います。
ジェンダー
2015年から有価証券報告書に女性役員の数・比率の開示が行われるようになりましたが、統計としては、2020年時点で、上場企業における女性役員の比率は6.2%に留まるとされています。
また、取締役の候補となりうる管理職における女性の割合に関しては、2018年の時点で14.9%とのデータが紹介されています。
参考:
スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議
第21回(令和2年11月18日開催)
資料4「取締役会の機能発揮と多様性の確保」14-15頁
女性の管理職や役員が少ないのは、やはりキャリアの大事な時期に、家事や育児との両立のために仕事を制限せざるを得ないという現実があるからだと思います。
女性の活躍のためには、男女を含めた広い意味での働き方改革(残業短縮、多様な正社員制度、男性の育児休暇取得、一定期間転勤を回避できる仕組みなど)も合わせて考えていく必要があるだろうと思います。
また、国としても、保育園や病児保育のよりいっそうの充実など、環境面を整えていく必要があると思いますし、女性の管理職や役員への登用の促進は、意識改革や制度面の整備を含め、社会全体で押し進めていく必要があるところだと思います。
国際性
外国籍の役員の数や比率については有価証券報告書の開示の対象ではありませんが、女性以上に少ないと言われています。
プロフィールにも書いていますが、私は、弁護士になって最初の5年間を、東京で、外国人弁護士と一緒に働いていました。就職した法律事務所は、米国の法律事務所の東京オフィスと提携しており、オフィスの中の弁護士の部屋の配置なども混ざるように設計されていました。
米国の弁護士とチームを組んで案件処理に当たることが日常でしたが、お互いが相手国の法律のみならず文化を学ぼうという意識を持ち、チームワークよく業務に当たっていたと思います。
その中で印象に残っているのは、外に対するアピールの仕方と中身が日本人とアメリカ人とでは全く違うということです。事務所のPR用の文章を担当したところアメリカ人に中身を総直しされたこともあります。
アメリカ以外でも、それぞれの国により、受け手(消費者)が何に魅力を感じるかは様々だと思いますので、日本企業が世界でビジネスをやっている今、特にマーケティングという点では外国人の視点が不可欠なのではないかと思います。
職歴
今回のコーポレートガバナンス・コードの改訂で、多様性の例示として、「職歴」が加わりました。中途採用者の活用、管理職への登用が念頭に置かれています。
フォローアップ会議の資料でも、従業員規模が大きいほど、中途採用の採用率が低く、新卒採用に重点を置いているとの調査結果が紹介されており、そうした問題意識に対応するものです。
参考:
スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議
第21回(令和2年11月18日開催)
資料4「取締役会の機能発揮と多様性の確保」16頁
中途採用に関しては、今ある雇用の維持との兼ね合いもありますので、一面からだけでは論じられない面もあると思いますが、変化する社会情勢に対応しようとする中で、必然的に、社内にはない知見が必要とされ、中途採用や、中途採用者の登用ということが進んでいくのではないかと思います。
年齢
「年齢」も、多様性の例示として新しく加わりました。年齢が明示的に加わったことは、正直驚きましたが、確かに年齢というのは多様性の大事な要素だと思います。
私は弁護士業界の中ではすでに若い方ではなくなっています(業界では年齢というより弁護士になった年(期)で捉えていますが)が、環境が変わる中で、若い期の弁護士の見方は私たちとは違う部分もあると思います。リーガルテックサービスなどの起業をしている弁護士も若い方が多い印象を受けます。
一方で、ある分野での長年の経験に裏打ちされた大局観や判断力というものもとても大事だと思います。
企業経営についても同じことが言え、経験が大事であることを前提に、多様な年齢層の視点も取り入れていけたらよいのではないかと思います。
取締役のスキルマトリクスについて
スキルマトリクスとは
スキルマトリクスとは、取締役会の構成員が持つスキル(経験や専門性)を一覧表にまとめて、どの構成員がどの分野についての知見や専門性を備えているかを示すものです。
2010年頃から米国などで導入されて活用されるようになり、日本でも数年前くらいから大規模な会社を中心に公表されるようになってきました。
取締役だけで作るか監査役も含めて作るか、また社外役員だけで作るか社内役員も含めて作るかなどは、企業によって異なります。
経験や専門性として挙げられるものの例としては、以下のようなものです。
企業経営 営業・マーケティング 製造・技術 財務・会計
人事・労務 法務・リスクマネジメント IT・デジタル グローバル
今回の改訂案において、スキル・マトリクスへの言及が加わりました。
スキルマトリクスの開示事例
上記のとおりすでにスキルマトリクスを開示している会社も多数あります。
経済産業省が公表している資料で、スキルマトリクスの開示事例としてヤマハ発動機株式会社のものが掲載されているものがありますので、それをご紹介したいと思います。
こちらからPDFに飛び、その中の参考資料42です。
スキルの項目として、
「企業経営・専門的知見」「製造・技術・研究開発」「営業・マーケティング」「財務・ファイナンス・M&A」「IT・デジタル」「人事・労務・人材開発」「法務・リスクマネジメント」「グローバル経験」の8つが挙げられています。
まさに上記の補充原則で書かれている、「経営戦略に照らして自らが備えるべきスキル等を特定した上で」に該当すると言えると思います。
スキルマトリクスには社内及び社外の取締役と監査役が全員掲載されており、社内取締役の方は管掌分野も掲載されています。それぞれの方が有するスキルに●が付けられており、とても見やすいです。また、取締役の方全員について、「グローバル経験」に●が付けられているのが目を引きます。
各企業の取締役会において、自らが備えるべきスキルを考えることは大事だと思いますし、今回のコーポレートガバナンス・コード改訂はそのよいきっかけになると思います。