以前の記事で、国際売買取引を始める際に押さえておくべき4つのポイントのうちの一つとして「責任分担と補償条項」を挙げました。
Indemnification(Indemnity)条項、あるいはHold harmless条項と呼ばれるものです。
Indemnification(Hold harmless)条項の概要
Indemnification条項とは、Hold harmless条項とも言われますが、典型的には、以下のような条項です。
(契約書の条項の順番に特に決まりはないのですが)契約書の中ほどに置かれることが多いです。支払いや引渡し、製品保証などの条件についての定めの後ろ、一般条項の前、というイメージです。
XXXを甲、YYYを乙と読み替えると、ざっくりとした意味としては、乙は、●●●●●、▲▲▲▲▲ または◆◆◆◆◆から発生するクレームや訴訟により甲(若しくはその役員など)が損害を被った場合には、その損害を補償するということです。
一言で「補償する」と書きましたが、英語では、3つの言葉(defend, indemnify, hold harmless)が使われています。
これがそれぞれ、意味を持ちますので、一つ一つ見ていきたいと思います。
Defendの意味
Defendというのは、「防御する」「守る」という意味です。日本語でも、スポーツなどで名詞のデイフェンス(defense)が使われますが、そのdefendです。
何から守るかと言うと、第三者からのクレームや請求、裁判などです。乙は、甲が、第三者からクレームを受けたり訴えられたりした場合には防御します、ということですが、具体的には、乙がその費用負担で甲のために弁護士を雇います。
どうしてこれが重要かと言うと、特に訴訟社会であるアメリカにおいては、訴訟のために膨大な弁護士費用がかかるからです。しかも、時間制(タイムチャージ制)で毎月請求されることが通常であるため、訴訟の勝ち負け以前に、訴訟を遂行するための弁護士費用をどう賄うかが、まず問題になるからです。
甲(Defendして貰う側の当事者)にとってはありがたい取り決めですが、乙(Defendする義務を負う側の当事者)にとっては大きな負担です。
Indemnifyの意味
Indemnifyとは、補償しますという意味ですが、甲が第三者に訴えられて、敗訴や和解により賠償金を支払う義務を負うなどした場合に、乙はそれを補償します、という義務です。
Defendの義務は甲が第三者からクレームを受けたり訴えられたりした時点で(勝ち負けに関係なく)発生しますが、Indemnifyの義務は、甲が敗訴したり和解金を支払うことが決まったりした場合に、発生します。
和解するかどうかを決める権限など、訴訟をコントロールする権限は、一般に、賠償金を負担する当事者(乙)が持ちます。但し、甲の名前で謝罪するなど、金銭的なこと以外が和解に含まれる場合には、甲の同意が必要とするのが一般的で、これらのことも契約書に盛り込まれます。
* なお、英米法の判例法の法理として、common law indemnityと呼ばれる、本来過失がない人が第三者に対して責任を負ってしまった場合、本来責任を負うべき立場の人に求償責任できるという法理があります。もっとも、契約書に書いておく方が確実ですので、契約書に上記の例のようなIndemnification条項を設けるのが一般的です。
Hold harmlessの意味
Hold harmlessというのは、乙自身が甲の責任追及をすることはしません、という意味であると説明されることもありますが、基本的にはIndemnifyとHold harmlessはあまり厳密に分けて考えられないことが多いようです。
以前に出席した米国弁護士による日本人弁護士向けのセミナーでも、Hold harmless はIndemnifyと同じように捉えられているという説明でした。
IndemnifyとHold harmlessはセットで、甲が負ってしまった責任を乙が(事後的に)補償するものであると理解しておけばよいと思います。
防御や補償の対象として盛り込まれる事項
上記の条項例の、●●●●●、▲▲▲▲▲、◆◆◆◆◆には、乙が甲を防御したり補償したりする対象が盛り込まれます。例では3つになっていますが、個数に決まりはありません。
盛り込む事項は、その取引において第三者からクレームを受けるリスクが大きい事項が中心となりますが、一般的に多いのは、以下のような内容です。
- 知的財産権の侵害に関する第三者からのクレーム
- 製造物責任に関する第三者からのクレーム
- 乙による保証の違反に起因する第三者からのクレーム
- 乙の故意または過失に起因する第三者からのクレーム
そして、それぞれの中で、例外(こういう場合には乙は責任を負わない)ということを規定することもあります。
例えば、知的財産権の侵害に関する第三者からのクレームについて、基本的には売主が買主を補償するとしつつ、例外的に、その侵害が、買主の下でなされた改変等に起因する場合や、買主の指示により売主が製品仕様を変更したことに起因する場合には責任を負わない、と定めるなどです。
こういう例外事由としてどういうことを定めるかということもとても大事です。
まとめ
Indemnification(Hold harmless)条項は、一文が長くなりがちで構文的にも読みづらい上、この条項一つによって大きな金額が動く可能性があるので、弁護士としては、契約書を作成したりレビューしたりする時に最も神経を使う条項の一つです。
一方で、将来何かことが起こった場合(第三者から訴えられた場合)のことを定めるものであり、価格や納期のように目の前のことに直結するものではないため、契約の締結を急ぐ企業の方からは見過ごされがちな面もあります。
いざ発動されると弁護士費用の負担も含めて大きな負担となりますので、この条項には要注意、見過ごしてはいけない、ということを心に留めておいて頂けたらと思います。
* 英文契約書の作成やレビューについては、いつでもスポットでお受けしていますので、メールまたはお問い合わせフォームより、お気軽にお問い合わせ下さい。法人のお客様向けのサービス案内のページもご参照下さい。